きゃらべん⒆2022/3/26㈯
生前の浦見さん-前編- → https://room.4kai.net/?p=2415
からの続き
昨夜の久能さんの言葉を信用して、この場にやってきた浦見さん。今夜は自分の作った壕に入れると思っています。ところが、壕の中では浦見さんたちの立ち入りを反対する村人の圧力に困惑する久能さんがいました。
防空壕の中に村人と久能さんとの軋轢(あつれき)があっていることなど、浦見さんは知りもしません。しかし、防空壕に到着すると壕の扉はしっかりと閉められていました。
それを見た浦見さんは、既に中に誰か入っていることを察しました。おそらく昨夜の久能さん家族であることも予想出来ました。
中の状況が分からないので、浦見さんは久能さんに声をかけてみます。
しかし、狭い壕の中での村民たちの無言の圧力に久能さんは声を出せないでいます。久能さんと浦見さんの味方はここには誰ひとりいないのです。
浦見さんがひとまず掛けた声に対して返事は何もかえってきません。それこそが、返事だと浦見さんは悟りました。まったく何も知らない人が勝手に入って使っているならば、反対に誰だ?!と扉を開けるはずだからです。しかし、現実は誰一人として声も出さず顔も出さず、浦見さんの声を無視しています。久能さんを含む何人かが中にいるのだと理解しました。同時に背負われている浦見さんのお母さんも状況を察しました。
空からは敵機が群れでやってきています。昨夜よりも空襲は激しさを増し、浦見さん家族は逃げ場に右往左往します。しかし、逃げるところなどありません。
背中のお母さんが浦見さんに言います
「つらみ、誰も恨むんじゃないよ。持ってうまれた性(さが)っていうのがあるんだよ。誰のせいでもない。」
そういって、浦見さんの肩をやさしく撫でました。
浦見さんは、お母さんには言葉では何も返事をしませんでした。けれど、心の中でふつふつと湧いてきた思いがありました
浦見さんは、自分の生まれた境遇や置かれた立場のことを言っているのではないという思いがあります
ここからは浦見さんの心の声です
久能さんに出会って、おいらの境遇を知っていながらやさしく接してもらえた事に救われた
久能さんは色々なことをおいらに教えてくれた。やってみたかった事も随分やらせてもらった。おっとぉがいなくなってから、心の中で久能さんはおっとぉみたいに思ってた。とても嬉しくてすごく感謝している。
知らない世界を知れば知るほど、世界は広くて明るいんだって思えた。
そして、久能さんはいちばん大切なことをおいらに教えてくれた。
どんな境遇にあっても自分が放さない限り失わせることの出来ないもの。
それは「誇り」だ
部落に生まれたおいらたちには、持つべき誇りなんてなかった
久能さんから教わったもっとも大きな支えは「誇り」をもっていいと教わったことだ
世の中が悪いだけで、おいらたちが悪いわけじゃない
人としての「誇り」
そうだったんじゃないの?久能さん。
そのはずだったのに
あなたはどうして
最後においらを無視したの?
すごく世話になったあなただから
あなたのために爆弾の降ってくる中にいろ!と言われれば
誇りをもってそうした
すまないけど久能さんの家族の方が大事だと腹を割って言ってくれたら
全然いいですよ
って笑ってお別れした
それが「人」としての誇りなんじゃないの?
どうして、一番だいじなその時に
扉を閉ざしたままにしたの?
久能さんの家族や村人のために外にいてくれと言ってくれたなら
喜んで引き受けたのに
そうしたらおいらは、久能さんのため、久能さんの家族のため、村の人の役に立った「人」になれたんじゃないの?
無言のまま閉ざしたら
それは
ただの無視された部落民として犬死にで終わるんだよ
人としての誇りを手にすることができないまま
おいらは死んだんだよ
結局
久能さんは、親切にしてくれたけど
本当に大切なことは何もわかっちゃいなかったんだ
だから
一番だいじな時に言葉が出なかったんだ
中途半端な善人をまるごと信じたおいらもいけなかったけど
経験や知識やお金を多く持つ人間から教わる機会なんて滅多にないから
経験も知識もお金もないおいらが
教えてくれることを有難く頂く事はおかしなことじゃなかったと思う
手に入れ損なった誇りが惜しくて惜しくて
成仏なんて出来ませんでした
※正式には悪霊(予備軍)
部落民に感情は必要ないと言われ過ごしてきたけど、体がなくなって残ったのはこの悔しい感情です
死んでからも浮かばれない人間をたくさん見てきたけど、お国のために死んだ人も国っていう「土地」を恨むことは出来ないから、自分に近い中で最も理不尽だった人を恨んでしまうみたいです。上官、先輩、友人、家族の中にも世の中にはびっくりするくらい自分以外の人間をないがしろに出来る人がいるんです。
現代の人たちは恵まれているから、やり場のない気持ちとか分からないかもしれません。
だけど、おいらの言うことをまったく理解できない人間もいないんじゃないかと思います。
以上、浦見さんの心の声でした
浦見さんがこのように思ってしまった生前の状況について皆さんと談話しました
久能さんの対応に問題があった?
- 家族だけでもそういう自分の意志を伝えることや理解してもらうことは出来なかったのかなぁ。自分でも白い目で見られたら勇気が出ないだろうと思う
- 自分を含め多くの人間がいくじなしなので、村長さんを責めることは私には出来ない。人は今の戦争もそうだけど、それぞれの場所で出来る闘いが出来る人がほとんどいない。
- こうなる前に何かできなかったかと思うことがよくある。
この度の生前の浦見さんの設定は、ロシアの戦争の前に作った資料ですが、(霊が見えない霊能力者がはじまった時から設定ずみ)タイムリーな内容なのでシンキングタイムを設けてみました
きゃらの考察 ↓↓↓
もう一つみんなで話し合いました
溝を埋められないなら親切にしない方がいい?
- 親切にはしたほうがいいし、日ごろからまわりとの溝を埋めていくこともしなきゃいけなかったと思う
- 久能さんはやるべきことはやったと思うので、見返りを求めるほうが問題。浦見さんが久能さんの立場を理解できずに恨んでしまったのが悪い
きゃらの考察 ↓↓↓
よく、世界中が敵でも自分ひとりは味方だよという人がいますね。実際にそうなってしまった時というのは相手と同じ立場に立つことが前提になるということを覚えておかなければなりません。世界中を敵に回しておいて「中立」ということは現実的にはあり得ないからです。この場合は久能さんが浦見さんと同じ立場になることをとことん付き合うという態度を見せることが重要になってきます。
浦見さんの性格から判断して、浦見さんが君たちと一緒に防空壕の外に居ようという態度を見せることで、久能さんにそんな事をさせられない、させるわけがないと言うはずです。浦見さんが、そもそもそのような人物なので久能さんも目をかけていたのでしょう。「君たちと一緒に」という姿勢に差別を感じません。浦見さんは十分に誇りを持てたのではないでしょうか。同時に久能さんを恨むという根拠さえ芽生えません。
ここまでは他人のお話しですが、この内容を自分に置き換えてみましょう。相手に心を尽くしていることを知ってもらうためだけに爆弾の降ってくる場所に身を投じたくないですよね。出来るという方がいらっしゃっても偉いという言葉は使い難いと思っています。
理由は、貴方の肉体は貴方だけのものではないからです。思いを立証するためだけに肉体を滅することは過去の偉人たちが十分にやってきてくださっています。現代はこのかたたちの勇気や意志を無駄にせずに私たちが肉体を持つ霊としてどのような考え方をしていけばよいのかを知ることが、この勉強会の行われている意味です。貴方の肉体は先祖から代々受け継がれた物であり、心臓が動く限り宇宙の求めるものを魂に詰め込み贈るための道具であり、霊としては肉体を通して得た経験をいしずえにより自分を磨く。そうしてこの地球という場所に立たせてもらっている理由も、この星の何かのために動いてあげるためです。肉体という素材をあっさりなくしてしまっては、宇宙や霊やこの星の求める行動が十分でないまま終わってしまう可能性があるのです。
私たちが寿命といわれる年数、肉体を所持することができるように常にそれらの目には見えない意志と繋がり続けなければいけません。その体現が「お水あげ」です。これを行うことだけで、わたしたちに秘められた様々な可能性と繋がり、身を助けてくれる状況を導きだしてくれるのです。先ほど、世界中を敵に回すと「中立」という立場は現実で成すことは出来ないと言いましたが、霊の世界では出来るのです。少なく小さなものが大きく多いものを凌駕する。あべこべの力が存在するのです。
お水をあげるという少しの面倒で、自分の周りの霊たちを慰めることができるからです。目には見えない霊たちが鎮まっていると、自然とリアルな人間世界にまでその感覚は浸透します。すべては繋がっています。
私自身、お水あげというと宗教にのめりこんだ人間のように感じるところもあり、何か他のことで毎日できることはないかと考えているのですが、「生き物にとって必ず必要で、お金もかからず、時間もとらず、毎日できること」(4項目)を思った時に、いまのところお水をあげることしか思いつかないでいます。勉強会に参加の皆さんにも考えて頂いています。上記の4項目にあたる内容でお水あげ以外で「これがいい!」と思えるものがあったら教えてくださいとお願いしています。お水あげは数秒で出来ますので、とりあえず他のことが思いつかないでいる間は続けてみてください。
この内容について伽羅より参加者さまに質問させて頂きました
お水あげへの話しのつなげかたは突拍しなかったですか?
- 普段のみずあげは周りの霊に対してあなたたちを気にしていますよということであげてるはずですが、この場ではいつくるか分からない災難とか思ってもみないことがあったときに鎮めて平坦にしてくれることと繋げてくれるよという理解で大丈夫でしょうか?
- やっぱりお水をあげるときに気持ちが大事なのかなと思います
次回、たまえさんが霊界にあがったその後と守護霊などと出会った流れで神界のことをみていきます。霊能力のタテ伸びとヨコ伸びはそのために皆さんにお見せしてきました。本日のお話しを含め、すべて私たちとの現実と繋がっているお話しであることを実感してもらうと有難いです。
本日の感想
- お水あげをしていますが、少しずつ変わってるかなと思います。いい方に進んでいるのではないかと感じています。
- そういう恨みを持っている方たちが沢山いるので、戦争にも繋がってしまうと思う。お水あげをしてくれる方が増えていけば世の中も平和になっていくのではないかと思います
- やはり恨むのはどうかなと思います。水あげが霊界に繋がってくれたらいいかなと思っています
- 浦見さんがなぜあぁなったのかということを皆さんと話させてもらって、こういうことは戦争の時だけの問題ではなく仕事上でも友人関係でも問題があったときもリンクすると思う。何かあった時にだけやるだけでなく、平素から誰かと繋がるようにちゃんとするということが心に沁みました
- 対人関係の援助をしてきたけど、そのたびに勇気を出しても負け続けてきた。一方的にプーチンが悪いとばかりは思えない。調べるとロシア自体が西欧諸国に煮え湯を飲まされてきたが、プーチンや習近平の残虐なことは許されることではない。寝る前に祈る習慣はきゃらべん開始と同時に続いている。独裁者も含めて悪いようにならないように祈っています。
霊界からの言葉
イギリスでの供養について
イギリスでの供養の時も、同じ時間にお祈りをしてくださった方有り難うございました。私が現地に赴いた事自体に大した意味があったわけではありません。現場にいる私たちはそれでこそコップの役割でしかありませんでした。普段、皆さんがお水をあげるコップと同じです。そこに関わっている皆さんの思いがどれほど本気なのか、毎朝、霊のためにコップにお水をいっぱい入れるように、思いの量を伝えに行っただけなのです。行った私が偉いわけではなく、同時に祈ってくださる皆さんの思いが最も大切でした。祈ってくださった方には申し訳ないのですが、人数的に全然足りていないと霊界から言われています。たとえば100㏄のコップのうちの10㏄ほどしか入ってこなかった。これは、人間世界への浸透のさせ方が甘い私の責任と思っております。申し訳ありません。ただ、0ではないから次の現場を持たせてもらえることにかろうじてなっております。
質問。宗教家はなにをしているのでしょうか?シベリアかサハリンに人を6千人くらい移動したというやっちゃいけないことを防げない事に祈りの力を含め無力さを感じる
ウクライナの人々が大変なめに遭っているのをみさせられていますが、人はそういう事を目の当たりにしないと分からないでしょうと霊は言います。そして、霊界の次元の力関係の入れ替えがあっている時には、人間も全員が無傷ではいられません。全人類が消えてなくなるのと数千人がなくなるのと、どこかのタイミングで駆け引きがあり、詰まった場所でしわよせが起こっている。311もそうで日本でもその流れを受け止めたことがあった。現在、日本にいるこの場で、今のウクライナの人々と同じ目にあっていないという事は、まだ祈れる側にいるという事。その立場であるという事は時間的猶予を与えて貰えているということ。時間を与えてもらっている事は無意味じゃない。あなたはまだ祈れる立場でしょうといわれます。